Marquis d’Angerville(マルキ・ダンジルヴィーユ)
「ブルゴーニュのことを全く知らず、作り手も作柄もブドウ畑も見当がつかなければ、
コート・ドールのどの村のものよりもヴォルネイを買うのが最も手堅い選択である。」
マット・クレイマーはかつてこう語った。ヴォルネイは村の規模が小さく、日照と土壌がほぼ全域で優れており、生産者たちの水準が軒並み高いからである。コート・ドールには多くの村があるが、村名よりも一級もしくは特級の方が広いという村が7つある。ヴォルネイはこの少ない村の一つで、AOC全体で221.99ha、そのうち一級は132.95haという比率である(ジュヴレは全体408.44ha:一級80.37ha)。ブルゴーニュのエレガンスを体験したければ、高価なシャンボールではなく買いやすいヴォルネイを勧めたい。かぐわしさと繊細さをかねそなえた、シルキーな味が楽しめる。
マルキ・ダンジルヴィーユはヴォルネイの王座につくドメーヌである。ワインの熟成や瓶詰めはネゴシアンが行っていた1920年代、自ら瓶詰めするというドメーヌスタイルを確立した立役者の一人としても名高い。今でこそ当たり前となった生産方式だが、不正が横行していたネゴシアン時代に一石を投じ、安定した品質の基盤を築いたのがダンジルヴィーユとその仲間(Armand RousseauやHenri Gouges)であることは忘れてはならない。
目次
歴史
ダンジルヴィーユ家が畑を手にしたのは19世紀初頭だが、その名を有名にしたのは1920年代初期。セム・マルキ・ダンジルヴィーユがブルゴーニュで初となる自社瓶詰めを開始したことであった。セムの息子ジャックは1952年にドメーヌを引き継ぐが、彼こそがダンジルヴィーユの名声を不動のものにした。ジャックの哲学は至ってシンプルだった。畑での注意深い観察とセラーでのミニマリスト精神である。計52のヴィンテージを経験した彼は、誰もが認める大ベテランであった。しかし、2003年にジャックは急逝し、その後を息子ギヨームが引き継いだ。ジャックのワインに惚れ込んでいた上客たちは、この急な世代交代に驚きを隠せなかった。というのもギヨームは当時パリのJPモルガンで働いており、その彼にジャックの味わいが出せるのかと疑心暗鬼だった。しかし2005年がリリースされる頃にはその不安は熱狂に変わっていた。ジャックの隣で15年間ワイン造りを共にしたベテランの仲間がギヨームを力強く支えたのである。こうしてダンジルヴィーユのワインはジャックの栄光を上回る勢いで世界中を熱狂の渦に巻き込んでいる。
2012年、ドメーヌはジュラに畑を買いDomaine du Pélicanを設立した。パリのレストランLe Tailleventでのブラインド・テイスティングがきっかけだった。ギヨームはソムリエに「ブルゴーニュ以外」という条件で依頼した。あるワインを飲んだギヨームは「ルールを忘れたのかい?ブルゴーニュは出しちゃだめだよ」と。しかし、それはアルボワのシャルドネだった。その品質に驚きを隠せなかったギヨームはジュラでの挑戦を決意したのである。
畑
15haの畑を所有し、そのうち約80%が一級。モノポールClos des Ducs(2.15ha)を筆頭にTaillepieds(1.07ha), Champans(3.98ha), Caillerets(0.65ha)、Fremiets(1.57ha)そしてClos des Angles(1.07ha)と、ヴォルネイ最強のラインナップを持つ。ヴォルネイ以外ではポマール1er Combes Dessus(0.38ha)とシャルドネが植わるムルソー1er Santenots(1.04ha)にも畑を持つ。またヴォルネイの東にある区画(En Monpoulain)には樹齢の若いピノとガメイが植わりパストゥグランとなる。同区画にはアリゴテも見られる。
栽培・醸造
自然への敬意が全ての元となる。そこから素材の品質に重きを置くというダンジルヴィーユの哲学が生まれるが、この考えはギヨームが引き継いでからさらに磨きがかかっている。「アンヌ・クロード・ルフレーヴがきっかけを作ってくれた。」と語るギヨームは2006年からビオディナミへの移行を開始。先代が残した珠玉の畑とPinot d’Angervilleと呼ばれるとりわけ小粒なクローンだけでも十分すぎるが、両者のポテンシャルをさらに引き出すビオディナミの導入は、まさに鬼に金棒といえる。仕事量が増える一方で収量は下がるが、丹念な畑作業がセラーでの介入を不要とする。かつてジャックは「ワインにはできる限り何もしたくない。重要なのは収量を抑えること、そして自分の存在を残さないこと。」と語り、アラン・メドーは彼を「極端なミニマリスト」と呼んだが、この精神は今なおしっかりと継承されている。
セラーではジャックの代からそうであったように、ブドウは完全に除梗する。発酵槽は木製あるいはステンレスタンクを使用する。マセラシオンは通常10-12日、温度は最高で30-32℃まで上がる。日に二度のルモンタージュを行い上質なタンニンを引き出す。発酵後浸漬は一切行わない。発酵が終わるとすぐに熟成樽に移され15-18ヶ月寝かされる。ラッキングはMLFが終わった後に一回のみ。新樽は控えめでフラッグシップとなるClos des Ducsでも最大20%程度。ギヨーム曰く「ヴォルネイという地が必要とする最大値がこの割合」。熟成後はタンクでブレンドし6-8週間静置した後に無清澄・無濾過で瓶詰め。
味わい
クライヴ・コーツをして「模範的」と言わしめたダンジルヴィーユのワインは、優美で香り高いアロマとレースが折り重なるかのような多層的でしなやかな口当たりを持つ。あるときには、無重力と言えるような感覚を与えてくれる。それは山頂のような空気の薄い場所で深呼吸をしたような、スーッと上昇していくアロマやフレーバーの高まり。これをフィネス、エレガンスと呼ばずしてなんと言えばよいのか。その一方で、薄さ、か弱さ、儚さといった印象は皆無で、複雑味と余韻の長さ、そして驚くほどの熟成ポテンシャルを持つ。
「同じ造り手が隣り合う畑から作るワインでも、それぞれ異なる香りと味わいになる。これこそブルゴーニュの魔法だよ」とギヨームは言う。畑の個性が味わいの違いを生むのは間違いない。だが、飲み手の立場からすると、実際は作り手のスタイルや醸造方法の違いがもたらす影響が大きすぎて純粋にテロワールの味の違いを体感する機会はそう多くない。しかし、ヴォルネイに特化したダンジルヴィーユのワインはその違いに気づかせてくれる。例えば、Fremietsはポマールとの境にあるため豪勢な性格で、ウッドスモークやレザーのニュアンスを伴う。Champansは力強く、プラムやリコリス、ブラウンスパイスなどのアロマやフレーバーが特徴的。対してChampansの真上に位置するTaillepiedsは表土の薄い痩せた土壌を持ち、かっちりとしたストラクチャーとグリオットチェリーの透き通るようなミネラルが感じられる。そして、ドメーヌの偉大なモノポールClos des Ducsは、標高が最も高く、急斜面でチョーキーな畑。グランクリュと同格の密度感を持ち、バラの花弁、チェリー、レッドカラントと美しいミネラルがつくる香り高いフレーバーを持つ。
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