Vincent Dancer(ヴァンサン・ダンセール)
ヴァンサン・ダンセールはシャサーニュのスターである。完璧主義者であるヴァンサンは、100%満足しない限り自分の名前をワインに載せない。極力手を加えないワイン造りをモットーに超低収量のブドウから見事な逸品が生まれるが、品質が自身の基準に満たなければ躊躇なくネゴシアンに売ってしまう。このため、とにかく生産本数が少ない。雀の涙ほどの割当分を毎年三ツ星レストランやコレクターたちが奪い合い、幸運にもボトルを手にできた者は歓喜に涙する。ブルゴーニュにはこの手のドメーヌがいくつか存在するが、ここのワインは別格で、Coche DuryやRoulotよりも手に入りにくい。
目次
歴史
ヴァンサンはもともとアルザス出身。彼自身は直接ブルゴーニュと関係がなかったものの、親族がこの地に畑を所有していた。エンジニアになるべく勉強していたヴァンサンだが、ある時父からしばらくブルゴーニュで過ごしてみてはどうかと提案され、その案にのった。シャサーニュ・モンラッシェに移り住むと、彼はすぐにブルゴーニュワインと恋に落ちた。何も知らないゼロからの挑戦であったが、ヴァンサンは親族が所有するわずか数haの畑からワインを作る決意をした。ドメーヌの設立は1996年。もちろん最初は場所も用具もなく、ムルソーでワインを作っていたおじ(Philippe Ballot)の手助けのもと、少量のワインをネゴシアンに売るところからスタートした。2000年以降、徐々に畑の規模と生産量が増え、キュヴェ数も10を超えるようになるが、それぞれがわずか数樽という極小規模なスケール感。
ドメーヌでは少し前から息子のテオが加わり、父と子の2人体制となった。その後2021年にはテオがドメーヌを完全に引き継いだ。彼は父からドメーヌを引き継ぐとともに新しいプロジェクト(ネゴシアン部門)もスタートしており、アリゴテやガメイ、サヴァニャンにピノ・グリといった新しい品種に挑戦している。テオの勢いはネゴシアン立ち上げだけにとどまらない。何もないところから全てを作り上げた偉大な父の背中を見て育った彼は、自分も同じようにゼロから挑戦したいという野望があった。そんな中、「マコンのはずれにあったドメーヌが売却され、新オーナーが醸造責任者を探している」というニュースが耳に入る。絶好の好機を逃す手はなく、テオはこのワイナリーのワインメーカーとなり、2021年にROC Breia名義でファーストヴィンテージをリリース。3つの異なるレンジでのワイン造りは多忙を極めるが、テオのバイタリティあふれる活動に今後も目が離せない。
畑
コート・ド・ボーヌに約8haの畑を持つ。Chevalier Montrachet(0.1ha)を筆頭に、Chassagne 1erのLa Romanee(0.44ha)、Tete du Clos(0.34ha)、Morgeot(0.33ha)、Meursaultでは1er Perrieres(0.29ha)、Grands Charrons(0.28ha)、Les Corbins(0.45ha)など珠玉のラインナップを擁する。ピノ・ノワールはPommardとBeauneを中心にわずか1.8haのみ。
栽培/醸造
ブルゴーニュ外部から来たヴァンサンには先代からの固定概念や偏った先入観がなかった。これがうまく作用したのが、栽培に対するアプローチだ。現在では猫も杓子もオーガニックだ、ハンズ・オフだと人為的介入を悪とする風潮が強いが、ヴァンサンは早くから本質を見抜いていた。「重要なのは結果だけ、という考えではないんだ。プロセスこそがその結果を導くからね。」そう語る彼は2006年からオーガニック栽培を開始。周囲はオーガニックに無関心の時代である。その後2012年にはシャサーニュで初となるオーガニック認証を取得。現在息子のテオは父の哲学を継承し、畑ではビオディナミのアプローチを取り入れ、プルミエはすべて馬を使って耕作している。
セラーでのアプローチもミニマルである。全てのブドウが手摘みで収穫され、その後ゆっくりと丁寧に空気圧式でプレスする。SO2無添加でデブルバージュせずに発酵させる。培養酵母や酵素、補酸などは論外である。MLFも自然に任せる。樽熟成の期間は12-18ヶ月で、新樽はわずか10%程度。厚みやテクスチャーの向上、クリーミーさを出すためにシャサーニュで当然のように行われるバトナージュもしない。無濾過・無清澄でボトリング。赤に関しては、除梗して温度管理をせずに発酵。ルモンタージュはせずに必要に応じてピジャージュを行う。新樽は使わずに熟成させ、瓶詰めの一ヶ月前にラッキングし、必要最低限のSO2を加える。
ヴァンサン・ダンセールのワインには人為的なノイズがないため、畑とヴィンテージの個性が明確に感じられる。「完璧というのは、これ以上何も加えるものがない状態ではない。これ以上何も取り除けないという時に達成される・・・私はこの言葉が大好きだ。飲み手にはその年とテロワールが映し出したものをありのまま受け取って欲しい。だから畑でもセラーでも極力手を出さないんだ。」
味わい
ヴァンサンはシャルドネが持つミネラルを引き出し、飾り気のない美しさを求める。ある人は彼のワインを飲んで、Pierre Yves Colin Moreyのスタイルに近いと言う。確かに通ずる部分はある。高所に張られた鉄線を綱渡りするかのような緊張感とヴィヴィッドなストラクチャー、抑制の効いた奥深いフレーバーなどは共通しているだろう。がしかし、ヴァンサン・ダンセールの方が収量は低く、それゆえに味わいのコアの集中度が高い。また一方で、このドメーヌのスタイルはHubert Lamyを彷彿とさせるという人もいる。透明感のあるピュアな果実味、キビキビとした活気は確かに似ている。だが、ヴァンサン・ダンセールの方が張りと力強さがある。それではLeflaiveやRamonetと比べるとどうだろうか。彼らと比べると控えめである。いい意味で重さがなく凝縮感が和らぐ。控えめながらも見事な質感と厚みのあるテクスチャーがある。まさに完璧な調和という言葉がふさわしい味わいである。
-
前の記事
J.F. Mugnier(ミュニエ)
-
次の記事
Arnaud Ente(アルノー・アント)