生産者の紹介
『クロ・フルテ』『シャトー・シュヴァル・ブラン』でもワイン造りに携わったピエール・リュルトンが魅了され、小区画ごとのテロワール個性を深く掘り下げ醸造・ブレンドを行う職人的ボルドー。
『シャトー・マルジョス』の最初の所有者は1758年生まれのベルナール・シェニエと呼ばれるワイン商人。彼はボルドー市から妻のカテリーヌ・クレメンティーヌ・フィトンとともに18世紀様式の印象的な「シャルトルーズ」に移り住みました。バーナードの残した記録によると「マルジョスは、家族の幸福の源だった」と記されています。当時、最初のブドウは56以上の区画に植えられました。これは現在存在するものよりもかなり多くの数です。醸造所は美しい線対称デザインで、マストを発酵させるための大きな木製の桶が並んでいました(後に火災にで焼失し、セメントタンクで改築されています)。
その後ベルナールとカテリーヌの息子であるジャック・クレマンは、妻のクレメンテーヌ・ヴィトラックと一緒にマルジョスを受け継ぎましたが、やがて夫婦は財産を売却、『シャトー・マルジョス』はドゥルーズ一家の手に渡ります。裕福な地主であったアルバン・ドゥルーズはパリのルーブル美術館のディレクターでもあり、オテル・ドゥ・クリヨンから来た大理石の暖炉や浴室など、大規模な改築を実施しました(※1940年代に行われた大規模な改装において、撤去。)。彼が亡くなったとき、その財産はフランス軍の将校であった息子のジョルジュに引き継がれました。当時、彼らはワイン醸造の仕事は施設の管理人に委任していました。
1990年、ドゥルーズ家はブドウ畑の一部区画を若く野心的なワインメーカー、ピエール・リュルトンに貸し出すことを決めました。近隣の『シャトー・レニエ』でワイン醸造家の父ドミニクによって育てられたピエールは、父親と、後に叔父のアンドレ、ルシアンと一緒にブドウを栽培する方法を学び、サン・テミリオンの『クロ・フルテ』で働くようになります。
ピエールは『シャトー・マルジョス』のファーストヴィンテージを、ほとんど誰の助けも借りずに手掛け、夜を徹して働いていました。翌年、彼は『シャトー・シュヴァル・ブラン』のマネージャーとして雇われることになりますが、シュヴァル・ブランでの勤務時間外に自分のシャトーでも働き続けたのです。 1991年のヴィンテージは霜により多くが失われ、若き新進のワインメーカーに計り知れない経済的圧力をかけましたが、彼はいくつかの銀行融資を得て、ワイン造りを継続しました。
1992年、ピエールは妻子と共に『シャトー・マルジョス』に引っ越しました。彼はそこから長年かけてドゥルーズ家からブドウ畑を少しずつ購入、 2000年には180メートル以上の最先端のセラーを建設、40本以上のセメントタンクを設置しましたが、ドゥルーズ家の相続人(フランソワ&ミシェル兄弟)が、壮大なシャトーを含む残りの部分をピエールに売却することを同意するまでには更に13年を要しています。
2014年、ピエールはシャトーの大規模な修復を開始、床、成形品、暖炉などを慎重に元の状態に戻しました。 2017年、彼はジャン・マルク・ドンムをワインメーカーおよびテクニカルディレクターとして雇い、『シャトー・マルジョス』の新しい歴史が始まります。2017年からは区画毎の個別醸造を開始、ピエールとジャン・マルクはそのテロワールの繊細さをますます深く掘り下げて、土地の本質をワインの形に表現する試みに力を注いでいます。『シャトー・マルジョス』の壮大な物語の残りが、これから書かれていくことでしょう。
みんなのワインレビュー
【ヴィンテージ完売致しました。再入荷の予定はございません。】シャトー・マルジョス 2000年
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- 4.00
- 1件のレビューがあります
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本当に逆転までが長い
3日間かけて少しずついただきました。
レビューであるように開くまでに時間がかかることは承知でいましたが、いつまで経っても「言うほど変わるかな?」といった趣。
2日目まではそんな感じが続きましたが、3日目に印象が激変。個体差かも知れませんがこの日が一番美味しく感じられました。

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