マロラクティック発酵に別れを告げる
気候変動がブドウの風味を変化させるにつれ、マロラクティック発酵の風味を持つ爽やかなシャルドネは過去のものになるかもしれません。
暑い気候が続くと、衣服を脱ぎたいという欲求が自然と生まれたり、ショートパンツやアンダーウェアがアウターとして台頭するなど、温暖化とトレンドは連動することがあります。
ですが、時には2つの道が分岐することもあります。例えば、継続的な気温上昇により、白ブドウはより丸みを帯びたクリーミーな風味(酸度は低く、アルコール度数はかなり高い)を自然に生み出しますが、人々はより明るくシャープな風味(酸度が高く、アルコール度数は低い)を白ワインに求めるのです。
すでに売り上げ低迷に苦しんでいるワイン生産者たちは、消費者が求めるものを提供しようと躍起になっており、畑とセラーの両方で様々な手段でブドウの明るくフレッシュな風味を引き出そうとしています。その中で新たに注目されているのが、マロラクティック発酵(MLF)へのアプローチです。
風味におけるMLFの役割
マロラクティック発酵(MLF)は、リンゴ酸を乳酸に置き換えることで、リンゴ酸の荒々しさを乳酸の柔らかさに置き換えるプロセスです。同時にワインのpHは上昇し、酸味の感じ方は和らぎます。
マロラクティック発酵は赤ワインにおいて標準的な工程であり、多くの白ワイン、特に酸が自然と高くなる冷涼な気候の地域での白ワインにおいても一般的です。しかし、温暖な気候、さらには最近では一部の冷涼な気候においても、マロラクティック発酵はワインの風味や口当たりを平坦化し、造り手がグラスで際立たせたい味わいを損なうことがあります。なぜなら、マロラクティック発酵は酸を減らすだけでなく、ワインの化学的および感覚的な特性も変化させるからです。
何世紀もの間、MLFを開始させる乳酸菌には、オエノコッカス(Oenococcus)、ラクトバチルス(Lactobacillus)、ペディオコッカス(Pediococcus)、およびロイコノストック(Leuconostoc)などが含まれ、特にオエノコッカスが好まれてきました。これは、オエノコッカスがエタノール、pH、二酸化硫黄(S02)、および温度といった要素の微妙なバランスを保つのに最も優れていたからです。
しかし、2022年12月に『Microorganisms』誌に掲載された研究によると、気候変動によりこれらの乳酸菌が変化しつつあるといいます。現在ではラクトバチルスやペディオコッカスが香りや風味により大きな影響を与えるようになっており、その結果、何世紀もの間当たり前だった自然発生的なMLFを、ワインの品質を損なうリスクなしに管理することがますます難しくなっています。
実験室での菌の変化を考えるのと、畑やセラーでこの変化が意味することを考えるのは全くの別物です。
冷涼な産地と変化する手法
クラシックなマロラクティック発酵(MLF)がもたらすまろやかなテクスチャーやふくよかな風味を好むワイン生産者にとっては、畑でのアプローチを変えることでセラーでの調整が不要になっています。
カリフォルニア州HealdsburgにあるJordan Vineyard & Wineryの場合、醸造家のMaggie KruseはわずかにMLFを取り入れるのを好むため、過去10年間で果実の調達方法を見直し、MLFへの依存を少しずつ減らしてきました。
「フランス風のシャルドネを作りたいと考えているので、ロシアン・リバーの冷涼な地域に果実の供給先を移しました」とKruseは説明します。「冷涼な気候の地域では、ブドウはとても明るく、フレッシュで自然な酸味があるため、ここ数年、MLFの量を減らすことにしました。こうした地域の果実には構造と複雑さがあるので、中盤の重みとバランスをわずかなMLFで実現できるのです。」
Kruseとそのチームはまた、MLFを自然発生的に進行させつつ、数値を酵素的に確認し、数日ごとにブレンドを試飲してぶどうの状態を細かく監視しています。この段階でKruseは、ヴィンテージによって異なりますが、MLFを30%以下に抑えることを目指しています。
「ワインの中盤の重みを丸め、バランスの取れた構造を与えるために使っています」と彼女は言います。
ウィラメット・ヴァレーにあるNorth Valley Vineyardsでワインを作り、マネージングパートナーを務めるJames Cahillは、マロラクティック発酵がシャルドネに与える影響が好きだと語ります。
「数十年前、マロラクティック発酵なしのオークなしシャルドネはあまり魅力的ではないと実感することがありました。我々はジューシーさが大好きです。なので、畑で調整を施し、それによってマロラクティック発酵を使って果汁感とキャラクターを引き出せるようにしています。」
Cahillにとってそれは、可能な限り健康なぶどうを育て、キャノピーマネジメントと注意深い区画選びを通じて酸度を高く保つことを意味します。
「太陽と風は素晴らしいワイン造りの道具になりますが、管理が必要です」と彼は言います。「シャルドネが太陽に過剰にさらされると、トロピカルな風味が生まれ、酸度が低下します。私たちはそれを求めてはいません。」
収穫後の決定事項
気候の影響が増す中で、マロラクティック発酵(MLF)を取り入れたいと考えている他のワインメーカー達もゲームの決断を迫られ、気温が高いヴィンテージではそれが難しいこともあります。
ウィラメット・ヴァレーにあるGranville Wine Co.の栽培家、Jackson Holsteinにとって、MLFに対する見方はヤラ・ヴァレーとオタゴでの経験から形成されたものです。
「特にヤラ・ヴァレーでは凄まじいほどの暑いヴィンテージに見舞われ、一部のロットに対して意図的にマロラクティック発酵を使うようになっていました。私は、彼らのやり方を観察し、頭の片隅に記憶として残していましたが、その方法が、自分が落ち着こうと決めていたオレゴンに当てはまるとは思っていませんでした。」
しかし、2015年が訪れました。
「自分は精緻なワインを作りたいと思っていたのに、その年はとても暑かったためワインが非常に力強いものになってしまったのです。」彼は回想します。
2016年、彼は早めに収穫を行い、pHレベルはスパークリングワイン用のぶどうが収穫される水準に近い値になりました。彼は標高の高い畑を選び、MLFを行うかどうかの判断をする前に、その年のヴィンテージがもたらすものを見極めました。
「数年かかりましたが、今では確立したプロトコルがあります」と彼は言います。「ぶどうが収穫されたら、まず分析を行います。pHが3.2以上ならマロラクティック発酵を行い、それ以下なら行いません。今では、シャルドネとMLFを、ピノと全房発酵の関係と同様に見ています。つまり、ヴィンテージに応じて全房と非全房の比率が変わるのです。」
Holsteinは、テロワールを反映した「無干渉」のワインを目指して、MLFロットとMLFなしのロットを最後にブレンドすると言います。(ヴィンテージらしさを前面に出すために)暑いヴィンテージでは通常、冷涼なヴィンテージに比べてはるかに高い割合でMLFが必要とされるのです。
ダンディー・ヒルズにあるNysa Vineyardのオーナーで醸造家のMichael Megaは、数年前から、Dijonクローンで作られたシャルドネの場合、MLFを停止せざるをえない人が増えていることに気付きました。MegaはMLFを維持したいと考え、人気の高いDijonクローンの代わりを探し始めました。
「同じような過熟の問題が、伝統的なWenteクローンでは発生していないことに気付きました」と彼は言います。
Wenteクローンはブルゴーニュから持ち込まれ、1912年にカリフォルニアのリヴァモア・ヴァレーに植えられたものです。この成熟が遅めのクローンは濃縮された風味を生み出し、収穫時にpH約3.1という低い酸度で生理的成熟に到達できることがわかりました。
Megaは最終的に2006年にWenteクローンを植え、MLFの実施を毎年のヴィンテージごとに判断しています。
「目標はぶどうにマロラクティック発酵を行うことですが、2009年や2018年のような異常に暑い年には、それができない場合もあります」と彼は言います。
細菌を活用する試み
多くのワイン生産者がMLFへの依存を全体的に減らす中、科学者たちが観察している細菌の挙動の変化も、セラーでの微調整によってある程度改善できることを発見した生産者もいます。
ニュージーランドのホークスベイにあるTony Bish Winesは、シャルドネの専門家として6種類のシャルドネのみを生産しています。醸造家で創業者のTony Bishは、この地域の暖かい昼と寒い夜が、1リットルあたり3.5~4.5gのリンゴ酸を維持するのに理想的であるとし、冷涼な年にはすべてのワインでMLFを、暖かい年には一部のワインでMLFを行うことができると語ります。
「全てはその年の状況と、結果としてワインに最適な酸のバランスをもたらすと感じられるものにかかっています。新しい細菌の選択肢も試していて、当社で一番人気の量産ワイン、Fat & Sassy Chardonnayには、消費者が好む『バタリー』なスタイルをもたらすジアセチルを適度に生成する菌株を使用することにしています。」
また、Bishは価格帯の低いワインに対しては(乳酸)添加を行い、プロセスを完全にコントロールして、求める特定の風味を確実に実現しています。
一方で、プレミアムワインに対しては正反対のアプローチを取り、よりフレッシュな風味を求めジアセチルの含有量を非常に低く抑え、MLFを自然発生させています。
North Valley Vineyardsでは、Cahillが「良いMLFのスタートは畑から始まり、最終的にはセラーでの調整で完了する」と語ります。
「良い栽培と収穫時期の決定が重要です。ですが、特定の乳酸菌株を管理する必要もあります。私たちはシャルドネに映画館のポップコーンのような風味が欲しいわけではないのです。」
Cahillは場合によっては自然発生のMLFを認めていますが、その進行を慎重にモニターします。少しでも疑問が生じた場合には、市販の株を導入しています。
「酵母を選ぶのと同じようなものです。何が起こるのか、どんな風味が生まれるのかが分かりますから。」と彼は話します。
ここではなく、あちらで
一部のワイン生産者は、―少なくともChardonnayに関しては―MLFを厳しく制限しています。
ボルドーのBarton & Guestierでチーフワインメーカーを務めるLaurent Pradaは、嗜好の変化と気候変動がMLFを時代遅れにしたと述べています。
「シャルドネをベースにした白ワインのプロファイルは進化しています。フルマロラクティック発酵によって生成された重いブリオッシュのアロマよりも、新鮮さやシトラスの香りが大いに求められています。」
暖かいヴィンテージでは、ぶどうは酸度が低く、糖度が高く、時には“ダメージを受けた”香りを持つことがあるとPradaは話します。
彼はシャルドネに対してはMLFを取りやめるか、厳しく制限している一方で、ソーヴィニヨンをベースにした白ワインでは、MLFに対して非常に慎重なアプローチをとり、香りの新鮮さに影響を与えずに「厚み」を提供できる商業的な菌株を使用しているといいます。
テロワールやヴィンテージを反映しつつ、現代の消費者が求めるものを提供するバランスの取れたワインを作ることは難しく、今後はより不可能に感じられるかもしれません。ですが、畑やセラーでの調整、慎重な化学的監視、そしてシェフのために樽サンプルを一つか二つ余分に用意すれば、それは実現可能でしょう。
引用元:Bidding Farewell to Malolactic Fermentation
この記事は引用元からの許諾をいただき、Firadisが翻案しています。
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