攪拌:バトナージュにおける時代の変化

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ワインの最も永続的なプロセスの一つである滓の撹拌が、気候変動の最新の犠牲者になる危険性があります。


ワインの世界では、ブドウを枯らす干ばつ、火災、雹、そして猛烈で極端な気温の変化が気候変動のニュースを独占しています。しかし、多くの場合、一見すると微小な変化であり、それだけでは大したことがないように見えても、時間が経つにつれて積み重なっていくものがあります。

収穫時期が早まり(フランスとドイツで収集されたデータによると、過去10年間で25日も)、醸造所でのワイン造りについてもゆっくりと、しかし確実に変化しています。

 

ブドウ畑における気候変動

気温が高くなると、ブドウの糖度は上がり、酸度が下がります。また、アントシアニン(ブドウに色を与え、日焼けから守る)やタンニン(ワインに骨格や渋みを与える)などの二次化合物のバランスも崩れます。芽吹きの時期やその後に霜が降りると、ブドウは大きなダメージをうけ、果実の品質が全体的に低下し、収量が減少します。日較差(昼と夜の気温差)のわずかな減少、風のパターンの変化、予期せぬ過度の雨など、このような気候変動は、かつては素晴らしいブドウ園だった場所から、貧弱な果物が生産されるように変えてしまうことがあります。

ほとんどの場合、気候変動はヴィンテージ全体を壊滅させるものではなく、ヴィンテージの出来が悪くなる程度です。これは生産者が変化する状況に対して、タンゴを踊るように巧みに取り組まなければの話ですが。気候変動の時代における醸造の仕事は、もはや画一的な作業ではありえません。アクションとリアクション、突然の休止と方向転換、境界線の押し広げ、慣習の覆しが必要なのです。

ワイン造りの技術と科学が向上しているおかげで、生産者たちは様々な方法でワイン造りに、気候変動を積極的に取り込んでいますし、困難にもかかわらず、はるかに恵まれたヴィンテージのワインに匹敵するワインを生み出しています。その過程で、最も信用のある伝統的なワイン造りの道具のいくつかが見直されています。例えば、バトナージュです。

バトナージュとは何でしょうか?
バトナージュとは、簡単に言うと、死んだ酵母を棒でかき混ぜることです。

ワイン樽の中の滓は、死んだ酵母細胞、ブドウの茎や皮片、ブドウの果肉の細胞膜、高分子化合物、その他の小さなブドウの欠片で構成されています。これらは、発酵容器の底に沈殿します。

古代ローマ時代から続く技法で、新しく発酵させたワインは、タンクや樽、槽の中で「滓の上に」置かれることがしばしばあります。非常に長い話を簡単に説明すると、滓と接触することで、複雑さが増し、テクスチャーや口当たりが良くなり、骨格を構築しやすくなります。

滓を容器(一般的にはオーク樽)内のワインの中で攪拌する作業は、バトナージュの技術として知られています。一般的には棒を使って行いますが、棒を使わずに樽自体を回転させるラック(棚)のシステムもあります。バトナージュは、フレーヴァー、アロマ、テクスチャー、骨格のレイヤーをさらに引き出すだけでなく、硫化水素が発生するリスクも低減させます。(滓は、酵母の死骸をそのままにしておくと、固形物の塊となり、ワイン全体に卵の腐ったような独特の臭いを放つことがあります)

より多くのフレーヴァーと骨格を備え、腐敗した卵の香りは少ない。こんなワインを勝ち組と言うのでしょうか?そうとは限りません。多くのワイン生産地で気温が上昇し、ワインの味わいのトレンドがよりスリムでフレッシュなものになるにつれ、気候変動と踊るタンゴにおいて、長年のパートナーであるバトナージュから手を離す醸造家もいれば、バトナージュを抱き寄せ、ますます熱心に取り入れる醸造家もいます。

 

バトナージュから手を引く

ポルトガルのドウロにあるQuinta Dos Murçasとヴィーニョ・ヴェルデのQuinta Do Amealの醸造家兼栽培マネージャーであるLourenço Chartersは、「気候変動は現実です」と言います。「ヴィーニョ・ヴェルデに構えた我々のワイナリーは、大西洋からわずか30kmの距離にあるため、昼夜を問わず涼しく、ドウロではリマ川に面しているため、気温が緩やかになります」。

しかし、冷却の影響があるとはいえ、全体的に気温は上がっており、バトナージュの出番は少なくなっています。

「バトナージュは、私たちがあまり使わなくなったツールです」と、Chartersは言います。「ワインに少しボディとふくよかさを与えるには最適ですが、気温が高い年には使いません。ワインをフラットにし、エネルギッシュさが減ります」。

Chartersは、滓をかき混ぜる代わりに、複雑さを加えるためにワインをコンクリートで発酵・熟成させるなど、さまざまなテクニックを試していると言います。

アンダーソン・ヴァレーのLichen Estateの創業者でオーナーのDouglas Stewartのように、バトナージュがワインの活力を奪っていることに気づいた人もいます。

「2年間、ラックに置いた樽を回転させる方式のバトナージュを行いました」とStewartは言います。「しかし、ワインを劣化させていることがわかりました。今は、ピノ・ノワールをオープントップのパンチョン樽で発酵させ、最大で20%の新樽を使います。タンニンの表現がすでに非常に強いので、それを放っておくだけで、果実がテロワールを見事に表現できるのです」。

ワシントン州のLatta Winesのオーナー兼醸造家であるAndrew Lattaも、彼の一次発酵後のプログラムからバトナージュをほぼ完全に排除しています。

「誤解しないでほしいのですが、私は滓が大好きなのです」とLattaは主張します。「赤ワインも白ワインも、かなりの割合の滓を樽に入れています。しかし、一次発酵後のバトナージュは、私達が求めているフレッシュな果実の風味を損なうだけだと思います。我々のワイナリーではブドウの成熟度の問題もなく、さらにはふくよかな味わいにするのを絶対に避けたい。滓をかき混ぜることなく、ただそのままブラブラとさせるだけです」。

 

バトナージュのやり方を調整する

ナパのStag’s Leap Wine Cellarsでは、実験がメニュー化されています。

醸造家のMarcus Notaroは、「数年前に、バトナージュの頻度や時間の長さについて研究したことがあります」と話します。「かき混ぜればかき混ぜるほど、また時間をかければかけるほど、ワインにボディとクリーミーさが備わります。これはしばしばアロマを犠牲にして起こるのです」。

実験終了後、Notaroと彼のチームは、それまでの滓引きの標準レシピを使うのをやめ、個々のロットやヴィンテージに合わせたアプローチをとるようになりました。

「果実味を増やしたいなら、攪拌を控えめにします」と彼は言います。「もっとストラクチャーが必要なら、もっと攪拌します」。

一般的に、Stag’sは現在、カーネロスで栽培されたソーヴィニヨン・ブランとシャルドネを3~4週間ごとに撹拌していますが、オーク・ノールとアトラス・ピークの豊満なシャルドネは2週間ごとに撹拌します。

オーストラリアでは、アデレードヒルズのShaw + Smithの醸造家兼共同CEOであるAdam Wadewitzも、バトナージュへの偏ったアプローチの仕方をやめました。

初期の頃は、バトナージュは 「偉大なシャルドネを造る方法 」だと思っていました」と彼は説明します。「発酵から熟成までの間で、週に3回、あるいはそれ以上の頻度で行っていました」。

しかし近年、よりクリーンな味わいを求めて、彼らの考え方は変化しています。

「発酵中は複雑さを出すために固形物を懸濁させますが、ワインが閉じていたり、あからさまにフルーティーな場合は、後でかき混ぜる程度です」と彼は言います。 Wadewitzは、Shaw + Smithの栽培チームは、文字通り気候変動の根源に取り組んでいると付け加えます。

「私たちは気候の問題にもっとミクロな方法で取り組んでいます」と彼は言い、難しいヴィンテージであっても果実を守るためにクローンや堆肥、そして様々な方向からやり方を調整していることを付け加えています。

 

刺激的な反応

他の醸造家は、依然としてバトナージュを非常に重要と捉えて行っていますが、そのアプローチの仕方を調整しています。

「気候変動は必ずしも全体的な温暖化を意味するわけではありません」と、ウルグアイのリベラにあるCerro Chapeuの共同経営者、Pia Carrauは言います。「地域によっては、気温が低く、雨が多いところも少ないところもあります。私たちはまだ、樽やミキサー付きのタンクでバトナージュを行っています。複雑さを増すために、別の酵母を使ったり、滓との接触時間を短くすることもあります」。

ダンディー・ヒルズにあるLange Wineryでは、醸造家のJesse Langeが、バトナージュのやり方はヴィンテージに左右されると語っています。

「私たちが行うすべての決定は、その土地と地域のテロワールを捉えるという目標に基づいています」とLangeは説明します。「ヴィンテージのニュアンスと重ね合わせながら、品種の個性や地域の特徴を表現したいのです」。

そのために、ピノ・グリは通常60種類、シャルドネは数百種類のロットを作り、全体で6つのSKU(Stock Keeping Unit)管理単位に仕立てていると、Langeは言います。

「すべてのブロックを別々に管理し、さらに容器の素材や大きさ、酵母の種類によって分けて醸造しています」とLangeは言います。「ワインが何を言おうとしているのかを理解して初めて、ブレンドするのです。つまり、バトナージュの判断は、容器ごとにケースに応じて行うのです」。

通常、シャルドネのロットでは滓をかき混ぜることだけを考えますが、「しかし、私たちは堅苦しいルールを設けてはいません。私たちが求めるのは、ミネラル感があり、フレッシュで力強い、食事に合うワインです。私たちは、酸の表現にこだわっています。一般的に、バトナージュはそれを消してしまうのです。常にそうとは限りませんが!」。

 

バトナージュか失敗か

しかし、バトナージュがワイン造りの基本であり、今後もそうであろうという人もいます。特に、酸が強すぎることを懸念している場合は、バトナージュを行うことが多いでしょう。

オレゴン州のBells Up Estate Vineyardで、Dave Specterは「テクスチャーと口当たりの良さを出すために」バトナージュを利用していると言います。「白ワインでは、キリッとした酸ではなく、バランスのとれた酸にしたい時に使います」。

Specterは、ピノとセイヴァル・ブランにこの技法を用い、数日おきにパドルを使ってタンク内の澱を撹拌しています。

「白ワインは樽熟成させないし、容器も小さいので、手動での攪拌が効果的なのです」と彼は言います。「その結果、よりなめらかな後味になり、飲みやすく多くの料理との相性も良くなります。お客さまにも好評ですし、それを変えるなんて愚かなことです」。

ソノマのJordan Vineyard & Wineryの醸造責任者、Maggie Kruseは、「1979年の初ヴィンテージ以来、すべてのヴィンテージのシャルドネでバトナージュ」を実践してきたと言います。Kruseは、バトナージュはテクスチャーと口当たりを良くするための貴重な手法であると主張します。

「攪拌の後は必ず味見をして、追加の攪拌が必要かどうかを判断しています」と彼女は言います。「ヴィンテージに合わせて、アプローチも変えています。すべては試飲の内容次第です」。

毎年、310億本以上のワインが生産されています。工業化時代が始まった1880年以降、10年ごとに平均気温が約0.08℃ずつ上昇するという気候変動の影響を受けながら、暑さに伴い必要になってくるフレッシュさとのバランスを取ることを目標に、今後は多くのワインが造られるようになるでしょう。

 

 

引用元: Stirring Stuff: Changing Times for Bâtonnage

この記事は引用元からの許諾をいただき、Firadisが翻案しています。
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