Ch. Cheval Blanc(シュヴァル・ブラン)
右岸の最前線を走り続けるシュヴァル・ブランは、世界最高峰のカベルネ・フランの生みの親として名高い。
目次
歴史
シュヴァル・ブランは1832年、当時のフィジャックのオーナーがデュカス家に畑を売却した際に設立された。同家はその後も徐々に畑を買い増し、1870年にはシャトーとセラーの建設を終えて畑も現在とほぼ変わらない規模(37ha)にまで発展した。その後、デュカス家の娘アンリエットはリブルヌのワイン商ジャン・ルサック・フルコーと結婚し、それを機にシャトーはルサック・フルコー家の手に渡った。その後も何度かオーナーが変わったが、最終的には1998年にLVMHのベルナール・アルノーとベルギーの大富豪アルベール・フレールの手に渡った。潤沢な資金を元に2011年には波打つコンクリート製のモダンなセラーを新設し、発酵槽の数とサイズを増やしてより細やかな醸造が可能となった。2016年には8年もの試行錯誤を経て白ワイン Le Petit Cheval Blancを初リリースした。
そして2021年、シュヴァル・ブランはサン・テミリオンの格付け脱退を発表して業界を驚かせた。デカンター誌によるとその決断の背景には、格付け制度に対する不信感があった。サン・テミリオンの格付け制度は、2012年に組織の理念が大幅に変わって評価基準にマーケティング的な観点が新たに導入された。具体的にはメディア・コンテンツへのマーケティング手法や、PR・SNSを含むメディアへの露出度、ワインツーリズムのインフラ整備などである。その一方で、最重要事項であるべきテロワールとブドウ栽培には最終評価のわずか15%しか数字が割り当てられていなかった。シュヴァル・ブランにとってこの数字は呆れるほど低く、評価システム自体を「アイデンティティとティピシティ(典型性)の概念を見失った」と疑問視するようになった。シュヴァル・ブランといえばサン・テミリオンの王座であるプルミエ・グラン・クリュ・クラッセAに長年君臨し続けてきたことで知られるが、それにもかかわらずその地位に甘んじることなく格付けを脱退した決断に、テロワールへの強い想いが感じられる。
畑
所有する42haの畑は、サン・テミリオン市街地から約5km離れたアペラシオンの西端に位置しており、ポムロールに隣接する。サン・テミリオンと聞くと一般的には石灰岩の台地に名だたるシャトーがひしめく姿を想像するが、西端に孤立するシュヴァル・ブランの畑には石灰岩が見られず、土壌は主に礫質粘土(礫、粘土、砂)で構成されるというユニークな特徴がある。ブドウの植樹比率はカベルネ・フランが55%と過半数を占め、メルローが40%で残り5%がカベルネ・ソーヴィニヨンとなっている。シュヴァル・ブランはサン・テミリオンのシャトーではあるものの、テロワール的にはポムロールとの共通点の方が多く、実際にニールマーティンはVinous誌で、シュヴァル・ブランの畑を散歩すると、しばしばポムロールのレ・ヴァンジルやラ・コンセイヤントの畑に足を踏み入れてしまうと語っている。
他方、白ワインLe Petit Cheval Blancは、かつてムエックス社が所有していたシャトー・ラ・トゥール・デュ・パン・フィジャックの畑に由来している。2006年にムエックス社から畑を購入したシュヴァル・ブランはその2年後にソーヴィニヨン・ブランの栽培を実験的に開始した。現在白ワイン用の畑は6.5haの規模で、ソーヴィニヨン・ブラン(80%)とセミヨン(20%)が植えられている。
栽培
1998年のベルナール・アルノーによる買収後、最高責任者にピエール・リュルトンが、テクニカル・ディレクターにピエール・オリヴィエ・クールエが任命された。このタッグによって畑は品種、樹齢、土壌タイプに基づいて45の異なる区画(現56区画)に細分化され、より細やかで正確なテロワールの表現が可能となった。
またシュヴァル・ブランは農業における生態学の在り方を問い続けており、モノカルチャーではなく従来のポリカルチャー(多品種栽培)への回帰を掲げている。その一環として2009年からは植林プログラムが開始されており、畑を囲う生垣としての植林だけでなく、実際にブドウ木の間にも苗木を植えている。この計画を進めるためにシャトーではなんと3000本以上のブドウ木を引き抜いたというから驚きである。さらに2019年からは土への配慮として不耕起栽培を導入し、多量のカバークロップを導入するようになった。
畑には現在数多くの動物(鶏、羊、豚)や養蜂箱が見られ、数千本の森林樹木と果樹が育てられている。こうした生物多様性を尊重する取り組みは、結果として畑での銅の使用量の大幅な削減につながった。リュルトンとクールエはこの削減を多品種栽培への転換がブドウの病気に対する自然抵抗力を高めた結果だと考えている。
醸造
2011年に完成したモダンなセラーには9種類のサイズ(20hl~110hl)を持つ52基の発酵槽が設置された。これによって区画ごとの醸造が可能となり、ブレンドの精度が向上して品質にさらなる磨きがかかった。そしてその品質をムラなく保つのが、厳しいロット選別である。すなわち、どれがファーストワインになり、どれがセカンドワインに回され、どれがそのどちらにも選ばれないかを厳しく判断するプロセスである。例えば壊滅的な霜害にあった1991年は基準以下の品質で無理やりファーストをつくることはせず、セカンドのみをリリースした。また、2015年はセカンドをリリースしておらず、それ以降はほぼ毎年にわたってセカンドの生産量よりもセカンド未満のワイン量が多くなっており、妥協したセカンドを作るくらいならバルクで他へ売り払うという一貫した厳しさが垣間見える。
しかし、こうした厳しい選別自体は、ボルドーのトップシャトーであればどこも同じように行われていることもまた事実である。ところが、シュヴァル・ブランがユニークなのは全ての区画がファーストになる可能性を秘め、同時にファースト採用の保証もないという点である。例えばラフィットやラトゥールには、「心臓部」とされる特定の区画があり、毎年必ずファーストにブレンドされている。しかしシュヴァル・ブランは若木や古木、粘土・砂・砂利といった条件の異なる区画を平等に扱う。その理由は「それら全てがシュヴァル・ブランのDNAを宿しているから」だとVinous誌に語っている。したがって、単純に選別の厳しさを上げるのではなく、むしろなるべく多くの区画を使っていくことに焦点が置かれる。これはうわべだけの「テロワールを尊重する」という陳腐なスローガンとは一線を画していると言える。なぜなら、例えば厳しい選別によって畑の35%しかファーストにならなかったワインよりも、畑全体の70%を使用しているワインの方が、その土地を包み隠さず体現していると言えるからである。たしかに前者では質の高さは保証されるだろう。所有畑の中でベストなロケーションから完熟した健全なブドウだけが厳選され、技術的に欠陥のないワインに仕上がるからである。しかし、こうしたワインは、ある年にある土地で見られた気候-すなわちテロワール-を真に反映したものだと言えるだろうか。選別は品質担保に不可欠なプロセスであることに異論はないが、シュヴァル・ブランにはその高い品質に畑の個性がしっかりとリンクする一貫性が感じられる。
味わい
シュヴァル・ブランは他の主要なボルドーワインと比べて、カベルネ・フランのブレンド率が圧倒的に高く、直近(2020-2024)の平均は44.4%となっている。このカベルネ・フランこそが、他のボルドーワインとは一線を画す独特のエキゾチックな香りと風味をもたらしている。また、カベルネ・フラン率の高さは、ボルドーであるにも関わらず若くても親しみやすさを与えてくれ、グラン・ヴァンとしての偉大さ・風格はあるのに「気取った感じがしない」のが好印象である。これは言い換えれば、ステータスのためのワインではなく、純粋に飲んで楽しむワインだと言えるだろう。一部の飲み手からは「凝縮感・濃度が足りない」と言われることがあるかもしれないが、カベルネ・フランの作る滑らかでシルキーな質感はボルドーにおいても唯一無二であり、サン・テミリオンで最も優雅なワインであることは間違いない。
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