Ch. d’Yquem(シャトー・ディケム)

世界最高峰の貴腐ワインと名高いシャトー・ディケムは、恵まれたテロワールと職人たちのたゆまぬ努力によって世界中の愛好家を唸らせている。


歴史

イケムの歴史は古く、建物としての起源は12世紀にまで遡ると言われているが、畑が整備されてブドウの植樹が始まったのは18世紀初期のソヴァージュ家所有の時代となる。ソヴァージュ家のフランソワーズ・ジョゼフィーヌは1785年にリュル・サリュース伯爵と結婚し、これを機にシャトーの所有権はリュル・サリュース家へと移った。ところが伯爵の突然の死によって結婚生活はわずか3年しか続かなかった。残されたフランソワーズ・ジョゼフィーヌはリュル・サリュース家の名を継いで、その後のイケムを管理した。1851年に彼女の孫がシャトーを継ぐと、その数年後には「・シュペリウール」という格付けの最高位が与えられた。19世紀後半には、イケムの史上最も重要な技術改革とも言える排水管の導入が実施された。畑の約80%をカバーする広大な排水管によって、雨の多い年でも粘土が水浸しにならずブドウの品質を一貫して保てるようになった。

200年以上に渡ってイケムを所有したリュル・サリュース家の時代はラグジュアリーグループLVMHの買収によって終わりを告げた。1996年、ベルナール・アルノー率いるLVMHはリュル・サリュース家からイケムの株式取得を開始し、2004年に全権を取得した。グループ傘下のシュヴァル・ブランを統括するピエール・リュルトンがイケムの指揮官に就任すると、多くの改革が実行された。シャトーの修復や醸造設備のリニューアルだけでなくラベルの簡素化によるブランディングの見直しや、プリムール販売の開始、さらには公式サイトから一般見学予約を受け付けるようになった。こうした表向きの変化は多かったが、ワイン造りのチームメンバーに変更が加わることはなく、栽培責任者のフランシス・メユールと醸造担当のサンドリーヌ・ガルベイは留任した。唯一の変更があった点としては、ボルドー大学の醸造学教授ドゥニ・デュブルデューをコンサルタントとして雇い入れたことである。現在はフランシスが引退し、ロレンツォ・パスキニが栽培・醸造を管轄している。

 

イケムは112haの広大な畑を持ち、ブドウはセミヨン(70%)とソーヴィニヨン(30%)が植わる。ソーテルヌ屈指の最高品質を生むこの畑には3つの特徴がある。まず1つ目は、ソーテルヌで最も標高が高い(80m)ことである。高さゆえに風通しが非常に良く、ボトリティス菌によるブドウの貴腐化が進む一方で、過剰な湿気を取り払うことでブドウに悪影響を及ぼす灰色カビ病の発生を抑えてくれる。しかし、通気性は高いほど良いというではなく、菌の生育にはある程度の湿度も必要となる。ここで2つ目の湿潤な中気候という特徴が効果を発揮する。イケムの畑は豊富な水源に取り囲まれており、ボトリティス菌の拡散に好都合な湿度が持続的に提供される。そして3つ目が、土壌と排水路の相互作用である。イケムの畑はマッシフ・セントラルとピレネー山脈の侵食によって形成された二つの異なる段丘上に位置し、表面付近は礫の含有率が高く急勾配であるために排水性が良い。表土の下には石灰岩と粘土が作る下層土があり、この粘土は保水性に優れる一方で地層の厚みによっては排水の効率に悪影響を与えるため、雨が多いと水浸しになるリスクがある。しかし、リュル・サリュース家時代に導入された排水路がこの懸念を解消しているため、イケムの畑は排水性と保水性が備わった環境となっている。

 

栽培

イケムの畑では「ボトリティス菌といかにうまく共存していくか」に重きが置かれる。すなわち、菌の拡散を最大化しつつ、菌の働きを阻害する要素を極力排除することが求められる。このため畑には複数の気象観測所が設置され、気温、降雨量、湿度の正確な計測と、それに基づく気候予測によってカビ対策の銅の散布量を4kg/ha未満に抑えている。銅は雨で流れる性質を持つものの、ブドウの皮を厚くしてボトリティス菌の発生効率を低下させるため「使用には注意が必要だ」とガルバイはVinous誌に語っている。極力ケミカルに頼らない栽培を行うが、有機農法やビオディナミに厳格に従っているわけではない。これらのアプローチはカビ対策を銅に依存するため、100%ルールに従うとボトリティス菌との共存が難しくなる。このため銅以外の部分に関しては、フェロモン剤による防虫対策や有機農薬や農場堆肥の使用など有機的なアプローチを積極的に導入している。

収穫は非常に厳格なことで知られており、収穫開始のタイミングは糖度と貴腐化の状態で決まる。しかしそれだけではなく、房に朝露が残っている場合は開始を遅らせる。日光で水分が蒸発しブドウが完全に乾くまで辛抱強く待機することで、水分による希釈のリスクを避けてブドウの濃縮度を高く保つことができる。収穫者は何度も畑に出向き、その都度ブドウの成熟度と貴腐化の状態を入念にチェックする。時には房を部分的に選り分けたり、ブドウを粒単位で選別したりするケースもあり、基準に満たないブドウは次回分として枝に残される。これを何度も根気よく繰り返していく。このため収穫には途方もない時間がかかる。また、全てのブドウにしっかりとボトリティス菌がついていればいいか、というとそういうわけでもなく、例えばボトリティス菌のついたブドウ80%、ついてないブドウ20%という割合が指定される年もある。イケムには毎年決められたレシピは存在しないのである。

 

醸造

LVMH体制になってから栽培・醸造チームメンバーに変更はなかったものの、実務面では複数の変化が見られ、これによってイケムの品質はさらに向上した。

まず1つ目の変化は収穫糖度である。リュル・サリュース家時代は収穫時の潜在アルコール度数目標は21%で、イケム特有のアルコール感と残糖のバランスに重きが置かれていた。現在も収穫糖度の目安は平均20%ではあるが、一部で16-17%という低いロットや25%に達する高いロットを採用しており、糖度に幅が見られる。この結果、香りや濃縮度が多層的になり全体の複雑さが向上した。

2つ目の変化は残糖度である。イケムではブレンドのバランスが各ヴィンテージの最終残糖量を決定しており、以前は80-120g/Lが標準であった。LVMH体制になってからは120-140g/Lに増加した。この背景には気候変動による温暖年の増加とそれに伴うブドウ成熟度の上昇という環境的な要因が関与している。

3つ目の変化はプレスである。LVMH体制になってから潤沢な資本投入によって空気圧式プレス4基、垂直式プレス3基と醸造設備が強化された。収穫糖度に幅をもたせたことで仕込むブドウのロット数が増えたが、プレス機の数が多いためあらゆるロットに対応できるようになった。特に空気圧式プレス機は最小限の圧力で果汁を抽出できるため、より上質なブドウ果汁が取れるようになった。

そして最後の変化となるのが熟成プロセスである。一昔前のイケムは新樽で36-42ヶ月という非常に長い熟成が特徴であった。しかしLVMHのピエール・リュルトン体制となってからは長期樽熟成による酸化を懸念し、2001年から段階的に熟成期間の短縮を開始した。2009年には1年、2年、3年の樽熟成を比較する試験を行い、果実味を保ちつつ熟成させるが最適な期間を2年と結論づけた。この短縮によってラッキングの回数も大幅に変化した。以前は3ヶ月ごとのペースであったため、42ヶ月熟成では最大14回ものラッキングが行われたが、現在は4-5ヶ月ごとのペースで2年熟成のためわずか5回に減少した。ラッキング回数が減ったことでSO2の使用量も減り、その結果、イケムは以前よりも果実味の表現力が上がり、さらに透明感が宿るようになった。

 

味わい

リュル・サリュース家時代の味わいはエキゾチックさ、豊満さが前面に出たスタイルだったが、現在は収穫糖度に幅をもたせ熟成期間も短縮されたため、果実味のピュアさ格段に向上したよりフレッシュさの際立つ味わいとなった。そしてこのフレッシュさを生む酸味が、イケムとその他のソーテルヌのシャトーとを分け隔てる大きな要素となっている。レーザー光線のような鋭さをもつこの酸は、電気ショックさながらのビリッとした感覚を口内にもたらしてくれる。この「電気感」が豊富な残糖とアルコールがつくるウェイトを見事に持ち上げてくれる。加えて、新樽由来のタンニンとブドウの由来の心地よい苦み(フェノール)がリッチな甘さと共存することで口内にはなんともいえないガストロノミックなビタースイート感が広がる。余韻には石灰岩由来の張りと塩味が甘さと重さを奥深さに変えてくれる。肉厚な果実味、輝く酸、ガストロノミックな苦み、奥深さが織りなす絶妙なバランスと複雑味こそがイケムの最大の魅力である。

 

CTA-IMAGE Firadisは、全国のレストランやワインショップを顧客とするワイン専門商社です。 これまで日本国内10,000件を超える飲食店様・販売店様にワインをお届けして参りました。 主なお取引先は洋風専門料理業態のお店様で、フランス料理店2,000店以上、イタリア料理店約1,800店と、ワインを数多く取り扱うお店様からの強い信頼を誇っています。 ミシュラン3つ星・2つ星を獲得されているレストラン様のなんと70%以上がフィラディスからのワイン仕入れご実績があり、その品質の高さはプロフェッショナルソムリエからもお墨付きを戴いています。
Translate »