Ch. Margaux(シャトー・マルゴー)
エレガンスの中に芯の強い味わいを秘めるマルゴーは、「ヴェルヴェットの手袋をはめた鉄の拳」を見事に体現するシャトーである。
目次
歴史
シャトー・マルゴーの歴史は古く、敷地としての起源は12世紀にまで遡ることができるが、当時まだブドウは植えられていなかった。16世紀後半にレストナック家の所有となってからブドウ畑が設立された。マルゴーの評判はメドック格付け以前から高く、18世紀後半にはすでにオークションハウス・クリスティーズのカタログにその名が記載され、また第3代米国大統領トーマス・ジェファーソンはマルゴーを寵愛していたことで知られている。マルゴーはフランス革命後に何度か売却されて所有者が転々とするも、1830年に銀行家アレクサンドル・アグアドの手に渡った。彼の時代の終盤にはフィロキセラ禍による財政難に苦しめられたが、親族からの資金援助によって救われた。しかし結局その後、シャトーは売却され、1921年に投資家団体の手に渡った。その中の一人にネゴシアンのフェルナン・ジネステがいた。ジネステ家は徐々に持ち分を拡大していき、最終的に1950年にシャトーの単独所有者となった。一方、品質面では1960-70年代のほとんどにおいてマルゴーはそのポテンシャルを十分に発揮しきれておらず、評判は下り坂であった。畑とセラーに投資する資金が十分に確保できなかったというのが主な理由であるが、ファーストワインのロット選別も厳しいとは言えなかった。
この状況を一変させたのが1977年にシャトーを購入したアンドレ・メンツェロプスである。彼はワイナリーに惜しみない投資を行い、著名な醸造学者エミール・ペノーを招聘した。ところがアンドレはマルゴーの転換期にあたる1980年みに早すぎる死を迎え、シャトーは残された妻コリーヌが継ぐことになった。1983年、彼女は当時27歳だったポール・ポンタリエをワインメーカーに抜擢し、この人選がマルゴーのその後の運命を決定づけるものとなった。ポールは後にシャトーの経営責任者に就任し、2016年に急逝するまでの33年間、マルゴーの顔として大活躍したからである。その偉大なポールの跡を継ぐのはフィリップ・バスコールで、彼はポールのそばで21年間働いていたベテランである。2011年にナパのイングルヌックを任されたためにマルゴーを去ったが、2017年に再び戻ってきた人物である。現在は、2023年に引退したコリーヌの息子アレクシスがシャトーの舵を取っている。
畑
82haの畑を所有しており、大部分はシャトーの北側、ジロンド川を見下ろす緩やかな斜面に広がっている。土壌は基本的に砂利質で粘土と石灰岩を覆っているが、ほぼ完全に砂利という区画も見られる。こうした砂利の多い区画はカベルネ・ソーヴィニヨン(75%)が、粘土の多い区画にはメルロー(20%)が植わっており、一部でカベルネ・フランとプティ・ヴェルド(5%)も見られる。
一方、白ワインのパヴィヨン・ブランは11haのソーヴィニヨン・ブランの畑から生まれる。ここはシャトーの位置するマルゴー村から約4km北西に離れたスーサン村にある。石灰岩が多くみられる台地にあり、かつてエミール・ペイノーがソーヴィニヨン・ブランのみにフォーカスすべきだと主張したため、セミヨンは植えられていない。
栽培
アレクシスの代になってから温暖化対策の一環として畑では様々な取り組みが行われている。例えば、台木選択の変更や高めの仕立てによる熱波・霜害対策、日陰を作るキャノピーマネジメントへの方向転換や新品種の導入(カルメネール、マルベック、カステット)などである。また現在、南-西向きに植わっているブドウ木の列を徐々に北-東向きに切り替えるという大掛かりな計画にも着手している。これも熱波の被害を減らしつつも太陽への向きを最適化するという気候変動対策の一環であり、40-50年の長期プロジェクトとなるも「我々のテロワールの未来への投資」だとアレクシスはデカンター誌に語っている。また、シャトーでは2012年から有機栽培しており、放牧した羊たちが畑の除草を手伝ってくれている。
醸造
2015年に新設したセラーとともに発酵槽の数が増え、区画ごとの細やかな醸造が可能となった。現在は150hlの木製発酵槽を24基に加え、12hl(主に清澄用)から150hlまでの幅広いサイズのステンレスタンクを95基所有している。アルコール発酵は木製とステンレスを組み合わせて行い、約3-4週間に及ぶマセラシオンが終わるとワインを樽に移しかえる。収穫翌6月ぐらいまでの期間を熟成させる初年度セラーの温度は酒石酸の結晶化に好都合な低気温(8-10℃)に保たれており、それ以降の期間を熟成させる2年目セラーは15℃前後の気温となっている。樽会社は自社製造のものに加えてセガン・モローやタランソーなど5社使用している。熟成中は隔週ごとにトップアップをし、約18ヶ月の熟成が終わると卵白で清澄してボトリングを行う。
マルゴーのロット選別は非常に厳格なことで知られており、通常ファーストに選ばれるのは全体の約1/3となる。一方、セカンドはセカンド用の区画があるわけではなく、あらかじめ決まったブレンドレシピは存在していない。全てはその年の収穫を通して判断が下され、毎回異なる状況に応じた最善のアプローチが取られる。例えばメルローの熟度がナパと同じレベルに上がった年にはほとんどがファーストから弾かれたが、これは醸造チームがファーストに過熟感を求めておらず、あくまでもクラシカルなエレガンスの保持にこだわったからである。
味わい
マルゴーはしばしば5大シャトーの中でも最もフェニミンであると表現される。しかし、これを鵜呑みにしてマルゴーを教科書通りに「フェニミンなワイン」と解釈するのはやや短絡的である。なぜならマルゴーはそのエレガンスな装いの中に、カベルネ由来のたくましい骨格をしっかりと備えているからである。実際マルゴーのカベルネ・ソーヴィニヨンの植樹比率とブレンド比率は決して低くなく、2010年以降は90%超えの年が複数ある。
それにも関わらず、多くの書籍やテイスティングコメントにおいて「女性的なエレガンス」という言葉が散見される。たしかにラトゥールに比べれば若くても近づきやすく、艶のあるシルキーな質感が好印象であるが、その裏には力強い骨格が潜んでいる。
ではなぜこの点が見過ごされてしまうのか。それはおそらくマルゴーのカベルネ・ソーヴィニヨンの「とけこみ具合」が非常に高いからである。つまり、全体へのなじみ方が絶妙で、タンニンと骨格が飛び出ていないがゆえにその存在に気づきにくくなっているというわけである。実際アレクシスは「ときどきマルゴーは他の1級シャトーよりもタンニンが少ないという声を聞きますが、それは誤りです。その違いはどれだけタンニンがうまく溶け込んでいるかなのです。」とデカンター誌に語っており、力強さを構成する要素量の多寡ではなく、全体へのシンクロ度を指摘している。
この見事に溶け込んだタンニンこそがマルゴーにエレガンスという側面だけでなく、内なる力強さと凛とした品格をもたらしているのである。
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