Ch. Petrus(シャトー・ペトリュス)

5大シャトーをも上回る希少性と市場価格を持つペトリュスは、他の追随を許さない右岸のエンペラーとして不動の地位を築いている。


歴史

ワイン造りの歴史は18世紀中頃まで遡ることができるが、「ペトリュス」という名が最初に書物に登場するのは19世紀後半、アルノー家所有の時代になってからである。この時代ペトリュスは既にガイドブックで最高評価を獲得していたものの、当時ポムロールは飲みやすいワインの田舎町とみなされていたため注目する人はほとんどいなかった。アルノー家の後にペトリュスのオーナーとなったエドモンド・ルバ夫人は、そんな世間の見方を全く受け入れていなかった。彼女はペトリュスが左岸の5大シャトーに匹敵すると強く信じており、実際それらに見合った価格でワインを販売した。

そんな中、若き野心家のジャン・ピエール・ムエックスが現れる。彼はペトリュスの品質と大きな可能性を見抜き、ワインを独占で販売する代理店になった。1945年にペトリュスをアメリカで紹介すると市場で大成功を収め、ペトリュスは「ジョン・F・ケネディの愛用ワイン」となった。その後ジャン・ピエールはルバ夫人からペトリュスの株式を買い集めて1964年にオーナーになると、抜本的な改革に着手した。同年すぐにジャン・クロード・ベローを醸造責任者に任命し、1969年には隣接するシャトー・ガザンから畑を購入して生産規模を拡大させた。

1970年からはジャン・ピエールの息子クリスチャンが継ぎ、ジャン・クロードともにペトリュスを世界の舞台に押し上げ、その象徴的な地位を確固たるものにした。2008年、40年以上にも渡ってペトリュスを造り続けたジャン・クロードは役目を終えて引退し、そのバトンを息子オリヴィエに渡した。父から仕事を継ぐまで彼はオー・ブリオンとDRCで研修し、近隣のシュヴァル・ブランで働いていた。現在もオリヴィエが醸造責任者としてペトリュスを造っている。

ペトリュスには他シャトーと異なる点がいくつかあるが、中でもユニークなのが販売経路である。一般的に5大シャトーを含む多くの格付けシャトーのワインは、ボルドー取引所(La Place de Bordeaux)と呼ばれる流通システムを通してまずクルティエやネゴシアンに販売され、そこから輸入業者などに販売される。しかし、ペトリュスは流通を自社で厳格に管理している。これによって5大シャトーたちが真似できない「希少性」を見事に保っている。またペトリュスにはSNSはおろかウェブサイトすら存在せず、この閉鎖的と言えるほどの情報機密性の高さがペトリュスの神々しさをより一層際立たせている。

 

ポムロールの高台の最高地点(標高40m)に11.4haの畑を持つペトリュスは、他と異なるユニークな土壌を持つ。この青い粘土と呼ばれる土壌は非常に珍しく、ボルドー全域においてわずか1%未満しか見られないとISVV(・ワイン科学研究所)は推定している。実際、ペトリュスの隣人ラフルールの土壌にはこの青い粘土は存在せず、礫や粘土、シルトに砂が混ざった土壌構成となっている。

一体この青い粘土は、ポムロールで見られる普通の粘土と何が違うのだろうか。一言でいうならば、それは「吸水性と保水性に極めて優れている」ということになる。ペトリュスの畑の粘土層は特に均一で、厚さ約70cmの帯状に分布しているが、この層には鉄鉱石とスメクタイトと呼ばれる粘土鉱物がかなりの高濃度で含まれており、これが密度の高い青い粘土をつくる。この粘土はブドウ根が貫通できないほどに硬く、水を含むと膨張する。膨張によってブドウ根が締め付けられると水分を吸い上げられなくなるため、雨の多い年の過剰な水分摂取を防ぐことができる。一方で粒子の細かい粘土の性質は保水性に優れるため、雨の少ない年の過剰な水分ストレスからブドウを守ってくれる。この水分供給の自動調節こそが、青い粘土の利点である。とりわけ干ばつが深刻なポムロールにおいてメリットは大きく、オリヴィエは「青い粘土は天然のドリップ・イリゲーションのように機能する」とVinous誌に語っている。

ペトリュスといえばメルロー単一で知られているが、単一品種×小規模な畑×ユニークな青い粘土土壌という組み合わせは、ある意味でブルゴーニュに通ずる純粋さがある。しかし、この純粋さは裏を返せば天候不順時にブレンドの選択肢が多く残されていないことを意味する。海洋性気候のボルドーでは伝統的に区画や品種に幅をもたせることで天候リスクを低減し、ブレンドによって品質を保ってきた背景があるが、ペトリュスにはその逃げ道が残されていない。さらにセカンドワインも造っていないため、他シャトーとは栽培におけるリスク許容度が大きく異なる。だからこそ困難な天候を自らの力で調節する青い粘土がペトリュスにとって不可欠となる。

 

醸造

ペトリュスでは2009年からレーザー光学選果台が導入された。「オリヴィエから現代的な技術が畑で役立つことを教わった」とデカンター誌に語るジャン・クロードは、処理速度の向上とブドウ選別時のリスク回避の効能を説く。選別の終わったブドウは発酵槽に運ばれるが、ペトリュスでは昔から一貫してアルコール発酵をコンクリートタンクで行っている。抽出は穏やかでマセラシオン中は手作業でルモンタージュを行う。マロラクティック発酵もコンクリートタンクで行うことを徹底しており、これはジャン・クロードの信条に基づいている。「樽内でのマロラクティック発酵はテロワールの表現を損ない、年ごとのワインの個性を均質化させる傾向があるために好まない」と彼はVinous誌に語る。熟成に関しては、以前は新樽100%を取り入れていたが、2000年頃から50%を超えないように抑えられている。樽会社はデントス、セガン・モロー、タランソー、ダルナジューなど計6社を使用する。

 

味わい

他のポムロールのトップシャトーとペトリュスはどう違うのだろうか。例えば隣接するラフルールは土壌が異なる上にカベルネ・フランを約半数も使用するためセパージュが大きく異なる。したがって味わいを純粋に比較するのは難しい。それではペトリュス並みに高額で取引されるル・パンはどうだろうか。こちらはメルロー単一であるため品種の条件はクリアしているが、土壌(砂利、粘土、砂)が異なる。ル・パンは明らかに甘く芳醇で、優しさがある。また砂利由来のミネラル感が強くでている印象がある。一方で、ペトリュスは青い粘土に由来する強固なタンニンがポムロールで最も筋肉質といえるストラクチャーを与え、風味を閉じ込めている。このため若いうちはル・パンの方が近づきやすく、ペトリュスは飲み手を寄せ付けない。

長い間ポムロールにおける早摘み生産者であったペトリュスは、一斉を風靡した遅摘み派のスタイルとは正反対であった。収穫のタイミングに非常に厳格なペトリュスは、過熟と未熟を見極める選定眼に優れており、これがワインに「単なる分厚さ」ではなく「張りのある強さ」をもたらす。凝縮した果実が生む力強さや濃密さの中にどこかフレッシュさやしなやかさを感じさせ、長い余韻に至るまで全体のバランスが崩れることはない。年によっては完熟を待つ判断からアルコールが14%を超えることもあるが、それでも「張りのある強さ」によって重さが見事に軽減されている。

 

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