Ch. Le Pin(ル・パン)

デビューからわずか3年で一世を風靡したル・パンは、ポムロールで唯一ペトリュスに比肩するシャトーとして圧倒的な存在感を放つ。

 

歴史

1970年代当時、ジャック・ティエンポンの叔父レオンは、ヴィユー・シャトー・セルタンで暮らし、ワイン造りに励んでいた。近所に住むロービー夫人は1haの小さな畑を持っており、評判の高さから彼はこの畑が気になっていた。ぜひとも購入してヴュー・シャトー・セルタンに追加したいと家族を説得するも、購入価格が100万フランス・フラン(数千万円相当)と高額であったため誰も首を立てには振らなかった。

ところが、その後ジャック・ティエンポンが周囲を説得してお金を集め、1979年にこの畑を手に入れた。この小さな畑が後に世界で最も高価なワインの一つとなることを当時の彼は知る由もなかった。

そして1982年、デビューからわずか三年足らずでルパンは伝説を作ってしまったのである。フランスの著名なワイン評論家ジャック・リュクシーは1982年のル・パンを「ボルドーのロマネ・コンティ」と称賛し、その直後にパーカーが100点満点のスコアをつけた。

しかし興味深いことに、このル・パンの成功は、品質だけでなく時代背景に後押しされた幸運の産物でもあった。デビュー当時、世界的なワインの嗜好は甘く濃厚なボルドーワインに移行しており、その流れを加速させたのが当時駆け出しだったワイン評論家ロバート・パーカーであった。彼による評価によってメルローの国際的な評価はうなぎ登りに上昇し、シンプルで発音しやすいメルローは多くの人の心を掴んだ。こうした要素がル・パンの成功を加速させたのである。競合であるペトリュスやラフルールがその名声を確立するのに数十年を要したのに対し、デビューからわずか3年でボルドー・スターダムにのし上がったル・パンは、かくして「シンデレラ・ワイン」の座を獲得した。

 

ル・パンの畑は2.7haと雀の涙ほどで、デビュー当時の3年間はわずか0.6haからしか生産されていなかった。ジャックは数十年かけてブドウ畑を買い足して現在の規模にまで発展させたが、それでもル・パンの生産量が年500ケースを超えることはほとんどない。この数字がどれほどの希少かは、11.7haの畑から年間約4,000 ケースを生産するペトリュスと比べると一目瞭然である。

ル・パンの畑はペトリュスやラフルールよりもさらに南にあり、ポムロールでも標高の高いエリアに位置する。三者の土壌を比較してみると、ペトリュスはユニークな青い粘土を持ち、ラフルールには礫が多くみられる。それに対してル・パンは重い粘土に礫と砂が混ざる最も典型的なポムロールの土壌となっている。表土には多くの砂利がみられ、温暖で水はけが良いため、ブドウの成熟が早く進むという特徴がある。栽培品種はメルローのみで、ル・パンに使用されるのは拡張前のオリジナルの畑(1ha)からとなっている。その他のブドウはル・パンと同じように収穫・醸造されるが、3ヴィンテージ分がブレンドされて「トリロジー」としてリリースされる。

 

栽培

ル・パンは2.7haの超小規模畑×メルロー単一栽培であるため、区画ごとの差はそこまで大きくないのではと感じるかもしれない。ところが、地形は単一ではなく、低地では地下水位が地表近くまで上昇する。「窪地と縁辺部ではブドウ木の樹勢が著しく異なります。」と栽培・醸造担当のアレクサンドル・ティエンポンは言う。「なので列を下るにつれて栽培法を変える必要があります。樹勢の強いブドウは弱いものより4~5日遅れて熟すからです。」

 

醸造

インパクトの強いシンデレラ・ストーリーにスポットライトがあたることの多いル・パンだが、実はこのシャトーはボルドーで初めて樽内マロラクティック発酵を完遂させた生産者でもある。しかし、これはもともと技術的な狙いがあったわけではなく、当初のガレージ的なセラー環境による偶然の産物であった。ファーストヴィンテージを中古のステンレスタンクで仕込んだジャックは、発酵後にワインを移し替える容器もスペースもないことに気がついた。そこで彼はやむなくヴュー・シャトー・セルタンからおさがりでもらった樽にワインを移した。これが偶然にも樽内マロラクティック発酵の完遂という結果をもたらした。この手法は現在、ボルドーのほぼ全てのトップシャトーで採用されているが、その理由は、若いワインを早期に樽に移すことで丸みと柔らかさを向上させ、収穫翌春のプリムール試飲会に備えるためである。

ル・パンでは現在も発酵をステンレスタンクで行う。水が溜まりやすい低地のブドウには濃度を高める目的で、一部でセニエを行うこともある。また、酸が低いヴィンテージでは完熟した茎をタンクに戻すこともある。抽出は伝統的なルモンタージュを行い、熟成はセガン・モローとタランソーの新樽を用いて14~16ヶ月行う。もともと新樽100%が慣例であったが、2020年頃から徐々に比率を下げて現在は65%前後に落ち着いている。この結果、果実のピュアさに磨きがかかり、フレッシュさも向上した。

 

味わい

温暖で早熟なテロワールを持つル・パンのメルローは、リッチで華やかさがあり、近隣のペトリュスと比べてより快楽主義的な傾向が強く出ると言われる。すなわち、ル・パンはあきらかに甘みが強く、芳醇で香り高い。新樽率が減ったことで以前あったオークの影響が控えめになり、エキゾチックなお香のニュアンスが砂糖漬けの黒系果実とバランスよく重なるようになった。口当たりはビロードのように滑らかで、タンニンはベルベットのような質感を持つ。ル・パンは若くてもアロマとフレーバーに広がりがあり、熟度の高いタンニンは角が取れ、完熟果実とクリーミーな樽が見事に釣り合っている。つまり、各要素の溶け込み度合いが高く、全体としてシームレスな印象を受ける。この「継ぎ目のなさ」が快楽主義的な-すなわち、比較的早くからその魅力が楽しめる-味わいと称される理由ではないだろうか。

 

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