【ワインと美術:短編】特別展『ポンペイ』とワイン
- 2022.02.21
- ワインと美術
ポンペイとワイン
『バッカス(ディオニュソス)とヴェスヴィオ山』62~79年
ナポリ、ナポリ国立考古学博物館
ブドウを身に纏うのは、ワインの神バッカス(ギリシア神話ではディオニュソスと呼ばれる)。ヘビもまたバッカス信仰に関連する。よく見ると山の中腹にはブドウ棚も確認できる。今から約二千年前の西暦79年。中心に描かれたヴェスヴィオ山の噴火による有毒ガスと重い灰が古代ローマのポンペイという都市を覆い、数日のうちに街全体を完全に消し去った。
現在東京国立美術館において開催されている特別展『ポンペイ』では、なんと150近くに及ぶ貴重なポンペイ出土品が展示されている。その中には冒頭のフレスコ画をはじめとし、ワインの神バッカスが表現された絵画や彫刻、ワインを嗜む饗宴の風景が描かれた作品まで、さらには実際にワインを入れる壺アンフォラや、当時のワインの楽しみ方である水で薄めるための容器など、ワインに関わる出土品が多数来日しているのが非常に興味深い。いずれの品も長期間火山灰に埋まっていたおかげで、二千年ほど前に使用されていたものとは思えないほど保存状態が良いのが特徴である。
自然の恩恵としてのワイン
ヴェスヴィオ山の噴火によって壊滅したというポンペイはまた、この火山の恩恵を大いに受けていた街でもある。火山周辺の変形した岩は自然の入江や、攻撃から身を守る谷を作る。そしてなにより、噴火によって堆積する火山性の土壌は水はけが良く栄養が豊富で、作物がよく育つ。この作物には当然ワインを生み出すブドウも含まれる。ワインを製造・販売していた痕跡は数多く見つかっているし、これまで判明している中で古代ローマで商品名がついた最初のワインブランドは「ヴェスヴィヌム」とラベルの貼られたポンペイ産のワインだという。ヴェスヴィオ山の恩恵を受けたワイン生産は、例えばタウラジやグレコ・ディ・トゥーフォ(トゥーフォは火山灰が積もった凝灰岩を指す)など、現代まで脈々と続いている。
ポンペイは古代ローマの人々の暮らしを現代に伝えるタイムカプセルである。ただし出土品から感じるのは時間の経過よりもむしろ、共感かもしれない。基本的な人間の営みはほとんど変わらないことを思い知らされる。なにより自然との関わりという点においては、いつの時代も人間は自然の脅威にさらされながら、それでもできる限り自然の恩恵にあずかろうとしてきた。その一例がワインである。
特別展『ポンペイ』は今年一年をかけて、東京、京都、宮城、福岡と全国を巡回する。Firadis WINECLUBは協賛しているわけでもなんでもないですが、、ワインに関わる品に限らずとにかく貴重で楽しい出土品ばかりなので、ぜひ少しでも興味がある方は行ってみてください。
篠原魁太
<主な参考図書>
ポンペイ―今も息づく古代都市 』大山晶訳、中央公論新社
本村 凌二『古代ポンペイの日常生活』講談社
ルーシー・ジョーンズ『歴史を変えた自然災害』原書房
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