【ワインと美術】レンブラントとオランダの光と影。巻き込まれるボルドー。

【ワインと美術】レンブラントとオランダの光と影。巻き込まれるボルドー。

  レンブラント『夜警(通称)』1642年
アムステルダム、アムステルダム国立美術館

通称『夜警』

 ついにネタ切れか?今回の「ワインと美術」は、初めてワインが載っていない絵画を題材とする。

 一年以上の歳月をかけた後の1642年の年初、正式名称を『フランス・バニング・コック隊長とウィレム・ファン・ライテンブルフ副隊長の市民隊』というこの大作は、市警団本部に引き渡された。この作品はアムステルダム市の市警団を描いた巨大な集団肖像画であり、隊長が副隊長に行進を命令している場面であると言われている。19世紀初頭以来『夜警』と呼ばれているが、これはニスが幾層にも塗り重ねられて画面が暗かったことによる誤称であり、決して夜の場面を描いたものではない。オランダの市警団は16世紀後半のスペインからの独立戦争の最中、進軍してきたスペイン軍から諸都市を防衛するために成立した軍事組織であるが、レンブラントの時代には辺境地域を除いてもはや軍事的には不要な存在であり、社交クラブのような性格を強めていた。

オランダの光

 イエズス会のような有力な教団や教皇庁が壮麗な天井画や豪奢な祭壇画を生み出し、国王を中心とする宮廷社会が華やかな装飾で宮殿を飾っていたバロックの時代は、同時に、活発な商業活動によって有力な都市の市民層が台頭してきた時期でもある。それに伴って、富裕な市民たちが芸術のパトロンとして次第に重要な役割を担うようになった。オランダはプロテスタントが主流であったために教会の勢力が弱く、また共和制のゆえに宮廷もなかった。そして何より17世紀のオランダは、他のヨーロッパ諸国が絶対王政を固めていたのが嘘のように、海外貿易を軸とした商業貴族的共和制ともいうべき社会を実現させ、空前の繁栄を誇った。

  国土が狭く地下資源にも恵まれていないオランダは、その代わりに海に面した良好な港と、背後に広がる広大な大陸諸国を持っており、交通輸送の要衝の地位を占めていた。この絶好の地理的条件に、優れた造船技術が加わり鬼に金棒である。世界初の株式会社とされる東インド会社を中心に、世界各地と貿易を行いアムステルダムは世界一の大都市となった。工業も発達し、特に独立以後厳しいスペインの支配から逃れるために多くの優秀な技術者がオランダに北上してきた毛織物工業は、一大輸出産業となった。富裕な中産階級の市民たちが政治経済を動かし、当然芸術もまた彼らのもの。特に絵画はどんな貧しい家にも必ず飾ってあると言われたほどだ。

 富裕な市民の影響力は計り知れず、その需要は芸術のあり方を左右した。市場の原理に芸術も抗うことはできなかったのだ。必ずしも注文を持たずとも画家が描いたものを美術市場を通じて人々が購入できる、今日では当たり前のシステムが確立した。従来の注文者と異なり教養に乏しい市民の需要に応え、古典を描いたものではなく、小型肖像画や親しみやすい風俗画、風景画などの作品が増えた。また画家たちはそれぞれ競争力をつけるため、風景画専門の画家など、狭い専門分野に特化して腕を磨くようになった。

The way you hear it ヤン・ステーン『老人は歌い、少年はパイプを吹く』1665年
ワシントンD.C.、ワシントン・ナショナル・ギャラリー

  Jan Davidsz de Heem 006

ヤン・ダヴィス・デ・ヘーム『シャンパンとパイプのある朝食の静物画』1642年
ザルツブルク、ザルツブルク宮殿美術館 

 そんな中、画料の高い人気画家に肖像画を依頼する場合の素晴らしい方法が発明される。それが集団肖像画である。組織内の数人で資金を出し合い、集団でひとつの画面におさまって、完成品は組合のホールなど公共の場に飾ればいい。このようにしてオランダ独自のジャンルが確立した。当然レンブラントの『夜警』もこの集団肖像画にあたるのである。

常識を覆す画家

 レンブラントはこのようなオランダの黄金時代を代表する画家であり、多くの富裕な市民たちをその作品によって満足させた画家であるが、彼は同時に、その時代の芸術の特徴である、需要に大きく左右される市場原理には抗おうとした画家でもあった。彼は他の多くの画家のように専門分野を持たず、あらゆるジャンルにおいて足跡を残した。そして彼は『夜警』において集団肖像画に革命を起こしたのである。

  レンブラント『夜警(通称)』1642年

 当然肖像画を描く際には、パトロンたちを喜ばせるために人物の特徴をとらえ、それが誰であるかがはっきりとわかるように描かなければならない。集団肖像画であればなおさらである。しかもその配列も身分上の順位に忠実に従う必要があった。その現実の集団理念に従い、奇抜な表現を避けるのは当然であった。

 しかしこの作品はどう見ても奇抜である。まず各人の見え方に差がありすぎる。さすがにそれぞれが払う金額には差をつけたらしいが、何人かの人物だけがはっきりと目立って描かれている。顔の一部が隠されてしまっている者もいる。しかも実際に描かれるべき団員は18人だけだったことが知られており、他の人物は「エキストラ」に過ぎない。しかしこのような構図によって劇的効果は大きく高まっている。

 そして何よりも印象的なのは、レンブラントの代名詞でもある“光”と“影”である。全体的に落ち着いた暗い印象の中にスポットライトのように強烈な光を当てられた画面前景右の副隊長と、少し左奥に見える少女。なんとこの少女は実在していないにも関わらず強調されている。明暗の対比を重視しすぎるあまり、夜の場面と間違えられたのである。集団肖像画の常識を覆し、圧倒的な独創性を持つこの作品はレンブラントの代表作となった。しかしこの作品を境に、レンブラントの画家としての栄光に、次第に”影”が差してゆく。

巻き込まれるボルドー

 フランスのワイン銘醸地、ボルドー。この地は中世までずっとイギリスと蜜月の関係にあった。そもそもボルドーはイギリスであった。1154年から百年戦争の終わる1453年まで300年近くイギリス領であり続けた。イギリスの最大のワイン供給地であり、13世紀の中頃にはイギリス本国に供給される4分の3はボルドー産であったと言われる。

 このボルドーへと積極的に進出してきたのが、繁栄を遂げたオランダの商人たちである。彼らは増大する庶民需要に応えるため、高級ワインを買い漁るより、できるだけ安いワインを大量に仕入れることに力点を置いた。数種類のワインのブレンドは当たり前で、必要なら砂糖やシロップの添加も厭わなかった。高級ワインに対するこの扱い方は、銘醸ワインの伝統を維持しようとする人々の反発を招いた。ドルドーニュ河畔地域の伝統的な醸造家たちはオランダ商法に自分たちの名声を汚されまいとして対抗策を講じようとしたが、より多くの消費者を相手にすべきだというその近代商法に次第に押し切られていった。

Governors of the Wine Merchant's Guild
フェルディナンド・ボル(レンブラントの弟子だった画家)『ワイン商組合』1663年
ミュンヘン、アルテ・ピナコテーク

  むしろ多くのボルドー市民には歓迎された。彼らはそれまでのイギリス人よりも大量にブドウを仕入れてくれたからである。オランダ人たちは、各地を結ぶ海洋国家として自国の消費だけでなく北方の全ての消費国にワインを大量供給しなければならなかった。またオランダ人には自国で培ってきた干拓の経験とノウハウがあった。河沿いの排水工事を行い、ブドウ畑を開拓していった。

 彼らにとって優良なワイン産地とは、売れるワインを大量に産出できる、市場原理に適応したワイン産地であった。例えば現在のメドック地区は、カベルネ・ソーヴィニヨンの重厚な深みのあるワインの産出地域として有名だが、当時はとてもブドウ栽培には適さないとみなされていた。しかしジロンド河の河口に位置するため、商業的には非常に優れた立地条件であり、彼らは積極的に投資を行った。またタンニンを多く含むため保存に優れ、じっくり寝かせておけば飲みごたえのあるワインになるという理由から、この地にカベルネ・ソーヴィニヨンを多く植栽させた。つまり安く仕入れ貯蔵しておいて、時間をかけて輸送しても客を満足させられる、遠路貿易にうってつけの品種だったのだ。さらにオランダ人自身は甘口の白を好み、一部地域では栽培品種を黒ブドウから白ブドウへと変えさせた。その地域には現在でも甘口ワインの最高峰である、ソーテルヌも含まれていたといわれる。製造技術の改良にも力を注ぎ、輸送中のワイン劣化を防ぐためにアルコール含有量を高める技術を発達させたり、硫黄を染み込ませた火種を燃やして樽の内部を厳菌する「オランダ火縄」の方法も編み出したりした。

 このように、オランダの繁栄は美術にもワイン産業にも近代商業主義をもたらした。むしろ近代商業主義がこれらの分野を発展させたと言えるかもしれない。しかし盛者必衰にして栄枯盛衰。これは当然オランダにも当てはまった。

レンブラントに忍び寄る影

The Anatomy Lesson
レンブラント『テュルプ博士の解剖学講義』1632年
デン・ハーグ、マウリッツハイス美術館

 一介の粉屋の息子は当時のヨーロッパで最も活発な商業活動を展開していた国際都市アムステルダムに出てきてすぐ、出世作『テュルプ博士の解剖学講義』によって注目を浴びる。良家のお嬢様であったサスキアとの結婚も大きな飛躍の理由となった。レンブラントは若い美女を花嫁にしただけでなく、彼女の持つ莫大な持参金や上流階級とのコネクションまでも手に入れ、あっという間に人気絶頂の画家となった。高級住宅地の豪邸を購入し、当時のオランダの富裕層らしく美術品や骨董品を買い集めた。下の肖像画はこの絶頂期の自信に満ち溢れた時代に描かれている。3人の子を生後すぐに失ったものの、1641年にはついに健康な男児ティトゥスを得られた。すでに『夜警』の制作途中であった。

Self-portrait at 34 by Rembrandt (rectangular detail)レンブラント『34歳の自画像』1640年
ロンドン、ナショナル・ギャラリー

 しかし『夜警』制作の時期から運命の歯車は狂い始める。なんと『夜警』発表の1642年は妻サスキア死去の年にもなってしまった。彼女の人脈を失ったからか、その頃から注文は激減する。それにもかかわらず美術品や骨董品集めは続けた結果、レンブラントは経済破綻をしてしまった。コレクションを手放し、住宅ローンも払えなくなり、貧民街へと引っ越しを余儀なくされた。孤独から逃れるために愛人もできたが、サスキアの遺言により息子ティトゥスの後見人の権利を失効する再婚は許されず、愛人をつくるとは「不貞」だと世間から非難も受けた。サスキアの遺産の半分は息子ティトゥスに残されたものであり、レンブラントは息子の後見人だからこそ、その運用が可能だったのだ。しかしすでにその遺産も使い果たしていた。

オランダの影

 この17世紀後半ごろ、オランダ経済の繁栄にも影がさしていく。まず住民の生活水準が向上し、工業製品の輸出価格が相対的に高くなり、他国との競争力を失っていく。さらに有名なイギリスの航海法、フランスはコルベールの高関税主義など、一人勝ちしていたオランダの貿易に各国が圧力をかけてくる。特に航海法の制定をきっかけとして翌年の1652年から3度にわたって行われた英蘭戦争、これがオランダ衰退の決定打となる。オランダの光に満ちた黄金時代は非常に短いものであった。

 イギリス人はボルドー地方のワイン産業においても主導権を取り戻そうと、張り合うようにガロンヌ河岸地域に居住した。彼らはワイン産業に必要な港湾工事やブドウ畑の拡充などに尽力したり、樽詰めを瓶詰めに変えるために、瓶が遠路輸送に耐えられるほど強靭なものになるよう改良に取り組んだりした。18世紀にはボルドー市近郊にイングランドの石炭を使用したガラス工場が次々開設されていった。

エピローグ

 メドック地区はオランダ人の助けを借りた干拓で便が良くなったため、ボルドー市内の大商人や成り上がり貴族たちがメドック地区に別荘の邸館を建て始めた。中心部のボルドー市は居住するには不衛生で騒々しかった。メドック地区はボルドー市から離れていたので、邸館では自給自足の生活をせざるを得ず、邸館の周囲に自家消費用のブドウ畑を作りワインも自前で造るようになった。自分が飲むワインなので当然、品質向上に努めるようになる。これが後のメドック地区の高品質シャトーワインへとつながる。

  晩年のレンブラントは経済的苦難に苦しみ続け、さらに長く連れ添った愛人にも息子にも先立たれるなどあまりにも残酷な現実を生き続けた。しかし最後まで制作意欲は衰えを知らず、63歳で亡くなるまで傑作を生み出し続けた。彼の生涯はまさにその作品と同じように、強烈な“光”と“影”に彩られていたといえるだろう。

 

Rembrandt Harmensz. van Rijn - Het Joodse bruidje
レンブラント『イサクとリベカに扮した夫婦(通称『ユダヤの花嫁』)1663-65年頃
アムステルダム、アムステルダム国立美術館

Rembrandt Harmensz. van Rijn 134レンブラント『自画像』1669年(死の年に描かれた)
デン・ハーグ、マウリッツハイス美術館

 

 

2021年4月
篠原 魁太

<主な参考図書>

高階秀爾『バロックの光と闇」講談社 
高階秀爾監修『西洋絵画の歴史 2』小学館
ヒュー・ジョンソン『ワイン物語〈中〉―芳醇な味と香りの世界史』小林章夫訳、平凡社
内藤道雄『ワインという名のヨーロッパ―ぶどう酒の文化史』八坂書房
山本博『ワインの歴史-自然の恵みと人間の知恵の歩み-』河出書房新社
山本博『エピソードで味わうワインの世界』東京堂出版
中野京子『画家とモデル-宿命の出会い-』新潮社
中野京子『名画の謎 対決篇』文藝春秋
樺山紘一『描かれたオランダ黄金世紀-ヨーロッパ近代文明の曙-』京都大学学術出版会
佐藤弘幸『図説オランダの歴史 改訂新版』河出書房新社
桜田美津夫『物語オランダの歴史-大航海時代から「寛容」国家の現代まで-』中央公論新社
幸福輝『もっと知りたいレンブラント-生涯と作品-』東京美術
パスカル・ボナフー、高階秀爾監修、村上尚子訳『レンブラント-光と影の魔術師-』創元社
マイケル・キツソン、千速敏男訳『レンブラント』西村書店
エルンスト・ファン・デ・ウェテリンク、メアリー・モートン訳『レンブラント』木楽舎

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